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観光観光

2016.07.08

平和の尊さを感じられる場所
真珠湾攻撃の地パールハーバー

writer : 編集部

パールハーバー
パールハーバーはアメリカと日本の歴史を語るうえで欠かすことができない重要な場所です。第二次世界大戦のきっかけとなった日本軍による真珠湾攻撃が実際に行われた場所なのです。その歴史と戦争から得た教訓を忘れないためにパールハーバーの地にそのまま様々な資料や原物が残されており、今では一帯がパールハーバー・ヒストリカル・サイトとしてハワイの定番人気観光地となっております。そんな歴史的な場所パールハーバーの観光の仕方について紹介していきます。年間100万人以上が訪れています。

パールハーバーエリアの玄関口

パールハーバーのゲート
パールハーバーエリアの中には様々なモニュメントや建物などの見所があります。
まずパールハーバーの入口となるのがこのゲートで、アリゾナ記念館やミズーリ艦隊のツアーに参加するためのチケットなどもここで販売しております。
入場してすぐの部分が太平洋歴史公園となります。

ゲートを入ってすぐ右側の部分がUSSボーフィン潜水艦博物館公園になっており、潜水艦発射弾道ミサイル、ポラリスや核弾頭巡行ミサイルレギュラスなどが見られます。かなりの大きさで迫力があります。

一方、ゲートの左側は様々な資料や模型が掲載されている資料館があります。
まず、「戦争への道」資料館。
資料や模型がある資料館
暗号解析のスペシャリストが日本軍の暗号をどのように解析したかの過程や、攻撃される前のきれいな状態のアリゾナ号の模型などが展示されています。
もう一つの博物館は「攻撃」がテーマの攻撃時資料博物館です。
展示室
日本軍の九七式三号艦上攻撃機や魚雷も展示されています。
公園内にはショップやトイレもあり、人気観光地としてしっかり設備も整っています。。

70年間沈んだままの戦艦アリゾナの真上で何を思う

なアリゾナ記念館(アリゾナ・メモリアル)
公園からは小さく見えているのが有名なアリゾナ記念館(アリゾナ・メモリアル) です。この記念館にはボートに乗って行くことになります。1941年12月7日午前7時55分に始まった真珠湾攻撃の中で、もっとも大きな被害を受けたのが戦艦アリゾナでした。当時の攻撃により戦艦アリゾナは海中に沈没してしまったのですが、そのまま引き上げられることなく70年間その場所に眠っています。戦没者を慰霊する目的として戦艦アリゾナの真上に今の真っ白なアリゾナ記念館が建てられたのです。まさに真下に70年前の攻撃で沈んだ戦艦アリゾナが沈んでいる場所なのです。
沈没した船の模型
攻撃された日の戦艦アリゾナは出航に備えて重油が満タンだったこともあり、沈没した船からはオイルが流出し続け、なんと今でも海に流れ続けているのです。オイルによって一部海が黒くなった部分を実際に見ることもでき、「黒い涙」や「アリゾナの涙」と言われています。

今は役目を終えたミズーリ号の姿。過去の上に成り立つ今の平和

戦艦ミズーリ号
アリゾナ記念館と並んで有名なスポットが戦艦ミズーリ号です。日本にとっては歴史上大変重要な場所です。終戦直後の1945年9月2日、マッカーサー陸軍元帥が伏文書調印式を行ったのが戦艦ミズーリ号の船上なのです。

ミズーリ号はアメリカ海軍が完成させた最後の戦艦です。太平洋戦争から始まり、その後も超戦争や湾岸戦争で実際に出動しました。そして1991年に最後の仕事として真珠湾攻撃50周記念へ参加しました。今は動くことはない船であり、戦艦ミズーリ記念館として一般公開されています。

手荷物は持ち込み不可という厳重さ

気をつけないといけない点としては、施設には手荷物を預けないと入れないことです。ゲートの右奥に預かり所があり3ドルかかります。歴史的にも貴重な場所なので、その辺りの規制は厳重で厳しいです。ワイキキから出ているツアーバスもたくさんありますし、個人でバスで行くことも可能です。20.42番に乗ると乗り継ぎなしで行けます。所要時間は70分ほどです。
重要な歴史の事実
アメリカが作った施設なので事実情報のとらえ方に関しては、日本人が見ると少し違和感を感じる部分もあるかもしれません。ですが、重要な歴史の事実として受け入れることに日本人の責務があるのではないでしょうか。実際の現場だからこそ感じられること、見られるものがあるので、パールーハーバーに実際に足を運び平和の尊さを学びにいきましょう。

スポット詳細

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