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特集特集

2015.03.20

急速に縮まる人との関係性

writer : 草野裕樹

沖縄に暮らし始めてそろそろ8年が経つ。
生まれ育った愛知県を18歳の時に出て、関西へ。大学・就職で
6年ほど過ごしたのち、東京暮らし6年を経て沖縄にやってきた。
よく沖縄を想い描く、青い海・青い空といった分かりやすい
南国の世界に憧れたわけではなく、取材や旅行で何度か訪れるうちに
興味が沸いてきたというのが、ひとつの理由だ。
(理由はひとつではないので)。

当時は今ほどおしゃれなカフェやセレクトショップが街中に
あるわけでなかったので、観光ルートといえば、
ビーチやメジャーな観光地巡りが鉄板だった。
観光施設の赤や黄色のカラフルな色に染まった空間には、
軽やかな三線のBGMが流れ、南国ムードを高めてくれた。
しかし、自分の記憶に焼き付いているのは、
南国色とは真逆のどちらかというとグレーがかった世界だった。
亜熱帯の島だと実感させられる南国特有のじっとりとした
生温かい空気の中、朽ちたコンクリート建築物が立ち並ぶ景観は、
本土の景観とは異なり、妙に刺激的だったのを覚えている。
「何かこの街には
観光では見えない楽しい要素が隠れているのではないか」。
それは、少年時代に冒険心をそそったドキドキさせられる感覚に近かった。

始めは、「何年ここで暮らしてみようか」といったしっかりとした
計画はなかった。もしかしたら頭の中では、数年間の短期間を
イメージしていたかもしれないが、気づけば8年経っていた
というのが率直な印象だ。この8年が長く感じたか、
短く感じたかと聞かれれば、「短かった」と答えると思う。
それほど、濃密な時間だった。そして予想したとおり、
この街には時間を忘れさせるほどの魅力が詰まっていた。
運も良かった。自分が暮らし始めた時期は、
ちょうど、街に少しずつ変化が起き始めた頃だった。
今では観光地の仲間入りを果たした港川の外人住宅エリアに
店舗ができはじめ、北部や南部にもカフェやパン屋、
セレクトショップなどが増え始めていた。
昔から営まれてきた食堂や沖縄そば店、アメリカの影響下から生まれた
ステーキ店やアメリカンダイナー風なハンバーガーショップ、
三線を聴かせてくれる民謡居酒屋など、沖縄に根付いていた文化に
新しいジャンルが加わり、沖縄をさらに刺激的で楽しい
世界へと導いてくれていた。そんな変わりゆく街に身を置くことで
日々新鮮な気持ちで暮らすことができたことは幸運だった。
そして暮らしていたことで気づいたことがある。
沖縄は人との距離感を縮めるスピードが速いことに。
東京や大阪など都会でももちろん素敵な出会いがあり、
今でも欠かすことのできない友人・知人はたくさんいるが、
沖縄は人との距離を縮めるスピード感が都会よりも速いような気がする。
特に会社という組織から飛び出して、フリーランスとして活動し
始めてからは、より一層に人との距離感を縮めるスピードが加速した。
仕事柄、カフェや雑貨店の店主、ガラスや紅型、陶器や鉄工や建築など
ものづくりに携わっている人と出合う機会が多く、彼らの声に耳を傾け、
彼らが成し遂げようとしている思いを知ることで、
街に一歩踏む込んだような感覚となり、街全体に愛着が沸くように
なってきた。彼らも彼らで、作家の個展があればその情報を共有し、
新しい店舗ができれば情報を教えあう。ライバルというよりは
小さな沖縄という島で共に暮らす仲間という意識が強くみえ、
そんな関係性も沖縄を好きになった理由のひとつだ。

週末時間が空けば、家族でドライブに出かけることが多い。
沖縄に来て間もない頃は、旅人感覚でビーチや観光地にも足を向けたが、
最近はあまり場所を決めずに車を走らせることが多い。
地図をみるよりも頭に思い浮かんだ店主や作家の顔を思い浮かべ、
彼らがいるその場所へと車を走らせている。

草野裕樹

暮らしの中で見つけた沖縄のいいところを届けていきたい。

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