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2015.04.20

旅をしながらやちむん探し

writer : 草野裕樹

沖縄の思い出とともに伝統の焼き物を持ち帰る

やちむんの里
かつては”琉球王国“ と呼ばれていた南国の島、沖縄。
資源や産業も乏しい小さな島ではあったが、周囲の国々と積極的に
貿易を行い、独自の文化を築いてきた。
紅型、やちむん(方言で焼き物の意味)、織物など、
中国や東南アジアから伝わった工芸は、平成の世にも脈々と受け継がれ、
現在は、伝統を残しつつも今の生活に適した日常道具に形を変えて、
多くの人に愛されている。旅行者の中にも沖縄の工芸ファンは多く、
最近は、首里城や水族館といったメジャーな観光施設以外にも、
工房を訪ね歩く観光プランを計画する人も少なくない。
中でもやちむんは単価も安く、沖縄を離れた後も、
旅の余韻を食卓でも楽しめることから、求める旅行者が後を絶たない。
やちむん_01
やちむん_02
やちむんと単に言っても、形やデザイン、柄など作り手によって様々。
技法で言えば、表面を立体的に装飾する「イッチン」や
表面を削り落として模様を描く「掻き落とし」など多様にあり、
活用する技法の違いでうつわの表情も異なる。

様々な焼き物がある中でお気に入りを探すとなると、
旅行中の限られた時間では至難の技ともいえるが、
那覇の壺屋やちむん通りか、読谷村のやちむんの里に行けば、
様々な作風の作品と一堂に出合うことができる。
元々壺屋は琉球王朝時代の頃から焼き物の産地として有名で、
多数の工房が軒を連ねていた。戦争により大きな被害を受けた沖縄だが、
壺屋周辺は奇跡的に戦火を免れたこともあり、
戦後まもなく「壺屋焼」は再興。以来、沖縄の経済を支えていく。
しかし、1970年に入ると登り窯から排出される煙が
周辺に暮らす住民から問題視され、登り窯にこだわる陶工は、
街から離れた地へ窯を移さざるえなくなった。
そして、多くの陶工が新天地に選んだ場所が読谷村だった。
1980年には、今のやちむんの里がある場所に9連房の窯が開き、
1991年にはさらに13連房の窯が開いた。
これが今の民芸ブームを牽引する「北窯」だ。
たてもの
北窯では今も4名の親方と陶工の卵たちが作陶に励み、
登り窯の炎を絶やさず、焼き物を作り続けている。
緑に包まれた美しい光景が広がるやちむんの里には、
多数の工房が集まっており、散歩しながら器探しが楽しめる。
毎年12月中頃には、各工房が共同で行うやちむん市が開催され、
県外から多くの人が訪れ、賑わいをみせている。
また、工房が営む直営店ではなく、店主が自らセレクトした器専門店や
最近は雑貨店やカフェでもやちむんを扱うお店は増えている。
こういった店舗に行けば、店主のセレクト眼に叶った作品が置かれており、
好みの作品をセレクトしやすいかもしれない。

壺屋時代から継承されてきた民芸調の焼き物以外にも、
最近は作り手の感性を全面に押し出した個性あふれる作品も増えている。
伝統を追いかけるか、現代の作り手の感性に触れるか、
両者ともに魅力があるので自分の足で回り、
沖縄のものづくりを手に取ってみよう。

草野裕樹

暮らしの中で見つけた沖縄のいいところを届けていきたい。

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