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観光観光

2016.10.08

もう一つの沖縄をたどる旅
vol.8 糸数アブチラガマ

writer : 福田展也

久高島の近くの海
沖縄本島で人気急上昇中の観光地、南城市。「神の島」久高島、世界遺産の斎場御嶽、琉球を造った神「アマミキヨ」が最初に降り立ったとされるヤハラヅカサなど、人と神とがつながる聖地が点在。那覇空港から車で30分前後ということもあり、風光明媚なこのエリアには、国内外から毎日多くの観光客が訪れています。

今回ご紹介するのは光溢れる南城市にあって、一般的な観光客の姿がほとんど見られない特別な場所。眩しすぎる外界とは真逆の、深い闇に閉ざされた自然洞窟、糸数アブチラガマです。

沖縄戦で52名の命を救った奇跡のガマ

糸数アブチラガマ
全長270mのこのガマ(自然洞窟)は日本軍の地下陣地として整備されましたが、戦況が悪化すると南風原陸軍病院の分室として使用されるようになりました。およそ600名の負傷兵が運び込まれ、軍医、看護婦とともにひめゆり学徒が看護にあたったそうです。
ガマの入り口
その後、5月25日に撤退命令が出されると、破傷風や脳症に苦しむ重症患者が置き去りにされ、避難していた近隣の住民とともにアメリカ軍の攻撃に耐えながら、空気穴から入ってくるひと筋の光に生きる希望をつなげ、45人の住民と7人の負傷兵が奇跡的に生き抜きました。

負傷兵の命をつないだ「命の水」

ガマの天井
このガマを訪れたのは5月の初旬。梅雨入りしたばかりでしたが、空は青く澄みわたっていました。洞窟の入り口は中腰にならないと頭をぶつけるほど狭く、二三歩足を進めるとすぐにあたりはまっ暗に。頭の上からはポタリ、ポタリと滴がいくつも垂れていました。この滴こそが動けなくなった負傷兵の命をつないだ「命の水」。雨が降った次の日にはガマのあちこちから命の水が垂れていたといいます。
ガマの中の様子
湿気はものすごいものの、空気はひんやりしていました。ガイドさんによると、アブチラガマの中は一年中安定していて、夏は涼しく、冬は暖かいのが特徴だとか。真っ暗な闇は不安や恐怖心をかきたてますが、避難してきた住民にとって、ここは命を救ってくれた場所だったのです。

「負傷兵の気持ちを暗闇の中で想像してみてください」

脳症患者の「病室」
ガイドさんに案内され、懐中電灯の光を頼りに脳症患者の「病室」と破傷風患者の「病室」を通り過ぎて進んでいくと、南側の一番奥にたどり着きました。1〜2mほど低く窪んだかなりの広さのスペースに向かって、ガイドさんから光を消すようにお願いされました。完全な暗闇に覆われているこの場所は5月25日の撤退命令の後、青酸カリを持たされた重症患者が置き去りにされた場所です。
南側の一番奥のスペース
「暗闇に取り残された負傷兵の気持ちを想像してみてください」。ガイドさんは、ひと言、ささやくようにいいました。

「ここは自分では動くことができない日本兵がたくさん命を落とした場所です。光一つないこの場所で、行きたくもない戦争に駆り出され、戦いたくもないのに戦わされ、負傷したあげく家族や友人と再会する希望も断ち切られ、絶望の中で死を待つしかなかった兵士達の苦しさと無念さを、少しでもいいので想像してほしいのです」

静かに語りかけるガイドさんの声は、涙で震えているようでした。そのことが言葉に重みを持たせ、聞く者の心にすーっと入っていく力を、言葉の一つひとつに与えているように思えました。

もう一つの命の水

井戸
悲しみに溢れる場所を後にして今度は北に向かって進みました。右手の奥に見えてきたのは渾々と水を湛える井戸でした。もう一つの「命の水」です。生き延びた負傷兵の一人、日比野勝廣さんは米軍の攻撃を受けて、この井戸の近くに吹き飛ばされました。もちろん歩けない状態でしたから、はいつくばって進むのがやっと。斜面を下り、井戸までたどり着くと、無我夢中で血と汚物で濁った水を飲み続けたそうです。

眠っては飲み、目覚めてはまた飲んでいるうちに生命力を取り戻してからは、「この喜びを皆に…」と力を振り絞った日比野さん。

「水筒を首にかけ、手さぐりで十歩いざり(はって進み)、息絶え絶えになってなって動けなくなり、ひと休みしてまたいざりという状態を繰り返し、一日がかりでやっと一杯の水をくみ、重症者に渡すと、手を合わせ、泣きながら、ひったくるようにしていっきに飲む。他の者にも分けるようにといっても、水筒を力限りかかえて離さず、『ありがとう』と拝まれると無理に取り上げることもできない」

「ベッド」のあった場所と井戸を何度も往復する水くみが日課となり、そのおかげで体力も回復すると「『お互いに助け合って生きて行かねば……』という責任感が、『どうしても生きるのだ』という信念に変わっていった」

日比野さんがそういうふうに手記に綴ることができたのは、命をつないでくれた井戸のおかげ。その井戸に懐中電灯を向けると、透明な青緑色をしたみなもに滴が垂れて、水紋が静かに広がっているのが印象的でした。

生きる希望をつないだひとすじの光

天井にへばりついた錆びた金属
奥に進むと、天井に赤茶色に錆びた金属がへばりついていました。米軍の攻撃で吹き飛ばされたトタンは食糧倉庫の屋根だったのだそうです。保管されていた食糧は軍隊だけのもの。住民もひめゆり学徒もここに立ち入ることは固く禁じられていたのです。

撤退命令後には食糧を守るため兵士が一人、監視役として残されました。その兵士は負傷兵に食糧を与えることはなかったそうですが、住民の心を引きつけておくことが必要だったのか、一日に一合の玄米を壕内の住民に配っていたといいます。そして、負傷兵をかわいそうに思った住民は配られたお米の一部を彼らに分け与えていたそうです。
外界から入ってくるわずかな自然の光
そのようにして、取り残された負傷兵と住民達は、空気穴から漏れてくるほのかな明かりを頼りに夜明けを知り、生きる希望をそこに見出していたと伝えられています。

重苦しかったガマを後にして出口につながる道を上がっている時に再び懐中電灯を消すようにガイドさんからいわれました。

「わかりますか?この光は外界から入ってくるわずかな自然の光です。絶望の中で生き残った人達が生きる希望を失わずにいられたのは、この光があったからなんです」

ガイドさんが指差す先には文字通り「ひと筋」の白い光がありました。

「あきらめないで生きなさい」

洞窟の天井からたれる命を救った水
命を救った水と、生きる希望を支えた光。

「このガマで考えてほしいのは『あきらめないで生きること』の意味なんですよ。『命の大切さ』って、言葉にするのは簡単ですが実感するのは難しい。辛いことがあるとそこから逃げてしまいたくなる。だから、ここに来て体感してほしいんです。私達の願いは『もっと頑張れるかもしれない』と思ってもらうこと。それがこの仕事で伝えたいことです」

ガマを出てまぶしい光を浴びた後、事務所で出迎えてくれた「ゆうなの会」の當山菊子さんは最後にそう教えてくれました。「ゆうなの会」は地元の住民の生きた証言とガマそのものを通して沖縄戦のありのままの姿を伝えようと、2009年に市民が集まって結成された団体です。自主的にガイド養成講座を企画し、ガイドのスキルを学んだ後に生き残った住民への聞き取り調査を行い、どうしたらここで起こったことを伝えられるか何度も議論を重ねてきました。現在は糸数アブチラガマのガイドの他、沖縄戦を生き延びた地元の声をつなぎ、若い世代と一緒に平和を作っていく活動に取り組んでいます。

たくさんの人の思いが支える戦争遺産

ガマの中から見た入り口
この糸数アブチラガマが他の戦跡と異なるのは、地域の住民が主体となって、平和を伝えていくために何ができるかを常に問いかけながらガマの運営を行っているところです。平和の大切さを伝えようと、立ち止まることなくがんばっていらっしゃる様子が一つ一つの言葉からしっかりと伝わってきました。
糸数アブチラガマの中
「大勢の人が亡くなったこの場所はお墓のように神聖な場所ですよね。平和学習のためとはいえ、皆さんに開放することが本当に正しいことなのか悩み続けた時期もあったんです。でも、沖縄戦を追体験することができるこの場所を実際に訪れることで、二度と戦争を起こしてはならないと感じ取ってもらえると信じています」

涙を浮かべながらも笑顔でそう語ってくれた南部観光総合案内センターの女性スタッフと、ゆうなの会のガイドの皆さん、そして地域の人の思いが一つにつながって運営されている糸数アブチラガマ。平和に対するいろいろな思いがたくさん詰まったこの場所はぜひ訪れていただきたい沖縄戦の戦跡のひとつです。

スマートポイント

  • 公式サイトでは生存者の証言などが掲載されていますので糸数アブチラガマについて事前に理解を深めることができます。
    http://abuchiragama.com
    また、南部観光総合案内センターの館内でも証言者のビデオや資料を見ることができます。
    *修学旅行の平和学習など団体の利用があるときなどご覧いただけない場合もあります。
  • 糸数アブチラガマの中は当時の状況を体験していただくためにできるかぎり手を加えていません。足元が滑りやすいので歩きやすい靴で入壕してください。
  • 壕内での撮影・録音は禁止されています。

ライターのおすすめ

地元の方が中心になって発行した『糸数アブチラガマ』という資料集には生き残った旧日本兵や地元の住民などの貴重な証言が記録されています。これから戦争体験を継承していく上で、生きた証言は重要な資料になるはずです。アブチラガマの管理を行っている南部観光総合案内センターでぜひ、購入してください(1,000円)。

福田展也

目下の趣味はサーフィン・沖縄伝統空手・養蜂。心で触れて身体で書けるようになることが10年後の目標。

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